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3G→4G→5G! 空ではカメラが「鉄アレイ」、360度視界回転のアクロバット飛行◆空自「T4練習機」に乗ってきた(後編)【自衛隊探訪記】

2024年07月11日08時00分

 航空自衛隊の戦闘機パイロット候補生が訓練する「T4練習機」に、空自浜松基地で搭乗した。訓練空域で体験したのは、急上昇しての一回転やきりもみ旋回といったアクロバット飛行。上下の感覚が分からなくなり、体には強烈なGがかかる。ブルーインパルスさながらの飛行の様子をリポートする。(時事通信社会部 釜本寛之) 〈前編⇒「『ギュイーン』急加速で一気に空へ! 減圧装置で事前訓練◆空自『T4練習機』に乗ってきた」を読む〉 ※記事末尾に動画ロングバージョンへのリンクがあります

僚機発見、「対領空侵犯措置」を疑似体験

 富士上空の遊覧飛行を終え、機体は浜松基地の南方約40キロ、遠州灘の上空に設定された訓練空域へ向かった。ここでアクロバット飛行を体験する。

 その途中、操縦かんを握る岡田真貴2等空佐(44)が「この方向を見ててくださいね。あと10秒くらいかな」と窓の向こうを指さした。「ほら、あれ」と言われてもなかなか気付かなかったが、白い雲が背景になって明瞭になり、ようやく点のような機影を見つけた。訓練中の別のT4という。

 距離もあるのだろうが、想像以上に小さい。日本の領空に近づく不審機にスクランブル発進して対応する「対領空侵犯措置」。防衛省から報道発表される際の写真から、もっと大きく見えるまで近づくと思っていたが、実際にはこのくらいから望遠レンズで撮影したり、追尾したりすることも多いそうだ。

 T4にレーダーはないので、相手の飛行経路は管制とのやりとりや僚機の交信から予測する。レーダーを積んだ戦闘機ならもっと楽なのかと思ったが、そうでもないそうだ。

 「F15などにはレーダー情報を使って接近を容易にする機能もありますが、相手の対応で使えない状況もあります。T4のようなアナログ手法の重要性は変わりません」。対中国など防空の最前線の厳しさを垣間見た気がした。

5Gの圧、7種の曲技体験

 「さあ、そろそろいきますよ!」。訓練エリアに到着し、機体がバンク(傾斜)して一気にスピード感が増していく。まずは3G、そして4G。「まだいけますね?」と確認があってさらに5Gへ。加速のたびに高まる重圧。体全体が抑え込まれるような感覚に、思わず「ウオオオ」と声が漏れた。周りの景色を見る余裕もない。というより首を左右に振るのに相当の力が必要で、無理をすれば筋を違えてしまいそうだ。5Gだと物の重さは単純計算で5倍。手に持った撮影用のカメラはまるで鉄アレイになったような重さで、ぶれないように必死で支えた。耐性がない人は最初の段階で気分が悪くなり、基地に戻るケースもあるそうだ。

 記者は乗り物酔いに強いたちだったのが幸いしたのか、体調は異常なし。その後、急上昇して180度向きを変える「インメルマン・ターン」、逆に背面飛行から急降下する「スプリットS」、大きなループを繰り返す「クローバー・リーフ」、8の字飛行の「キューバン・エイト」、きりもみ飛行のような「バレル・ロール」など7種のアクロバット飛行を体験した。

 ブルーインパルスの演技にも入っている飛行技術で、前日に浜松基地に隣接する空自の広報施設「エアーパーク」で、どんな技か「予習」してきたが、実際の飛行は予想をはるかに超えていた。ブルーインパルスの演技集やVRゴーグルで疑似体験した映像の再現度はすごかったが、機体の振動や何より強烈なGが加わると、まるで別物だ。

天頂へ急上昇、頭上にあるのは空?海?

 例えば縦に1回転する「360度ループ」。動き自体は遊園地のジェットコースターと同じようなものだが、規模が違う。機首を引き上げ、高度1万2000フィート(約3600メートル)から1万7000フィート(約5100メートル)まで一気に上昇。直径約1.5キロの巨大な円を描く。体がシートに押し付けられ、下腹部に力を入れて圧力に耐える。真上にあったはずの太陽が真正面に見えている。頂上で一瞬無重力になったように感じ、その後は海面に向け真っ逆さま。「ビー、ビーッ」とGや速度の状況を聴覚で知らせる警告音が機内に響く。先ほどの5Gよりもキツいように感じたが、目の前にある計器類を見る余裕は全くなかった。

 あと、何度やられてもそのたびに驚いて声が出てしまったのが、機体がくるりと横回転するローリングだ。機体を横倒しにする「90度バンク」から180度回転して背面飛行になる「ハーフ・ロール」、さらには一回転する「エルロン・ロール」まで、動作は滑らかで予備動作もない。抵抗や加重もなしに突然視界が変わるので全く慣れない。

 かつて経験したことのない立体的な軌道で縦回転や横回転を繰り返していると、自分がどの方向を向いているのか分からなくなる。

 飛行高度からすると、上には青空と筋雲が見え、下には青い海面とうろこ雲が見えている。その間を飛ぶわけだが、太陽の位置が確認できないままターンやロールを繰り返すと、瞬時には自分が上を向いているのか下を向いているのか分からない。

 航空事故に多い原因に、夜間や雲が多い中での飛行時などで操縦中に方向感覚を失う「空間識失調(ヴァーティゴ)」というのがあるが、それに陥らないまでも「晴天でこれなら、より厳しい環境では…」とその危険性は認識できた。

いよいよ帰還、アクロバットする意義とは

 アクロバット飛行が終わると、とうとう1時間余りに及んだフライトも終わりだ。浜松基地へ向け進路を取る。基地上空を何度か旋回して順番を待った後、着陸。キャノピーを開け、マスクを外して大きく深呼吸した。風が心地よく空気がうまい。「念のためのお守りに」と隊員が「エチケット袋」を太ももに装着してくれていたが、幸い必要なかった。フライトスーツから着替えたが、下着は汗だくで体はこわばり、あちこちが筋肉痛だ。自覚はなかったが、普段使わないような体の部位にかなりの負荷がかかっていたことを実感した。

 ループやロールはもちろん、アクロバット飛行もすべて訓練生の必須項目となっている。これらは上空での近接戦闘(ドッグファイト)に備えたものというよりは、「機体を思い通りに動かす感覚を身に付ける」ことが目的という。

 操縦かんが1度ずれただけでも航跡がきれいな円にならない。「航跡を見るだけで腕が分かる」といい、アクロバットでの正確な動作は高いレベルの操縦技術の証しというわけだ。ちなみにまっすぐ飛ぶだけでも、パイロットは風や気流の変化を織り込んで常に微修正している。記者が乗っていた後席にある操縦かんは前席と連動しており、その挙動から操縦の大変さがうかがえた。

 デビューから30年以上がたつT4は、現在後継機の開発も検討されている。高度な電子機器を駆使する最新戦闘機とのギャップが大きいことなどが一因だ。最新の戦い方を学べる練習機が求められていることも事実だが、完全な代替わりとなると、T4の優秀さを惜しむ声も空自内には多い。

 岡田2佐も「故障が少なく安全で、エンジン出力に比べて機体が軽いので運動性も優秀。基礎的な技術の全てを学べるいい機体です」と愛着たっぷり。「自力で飛ぶ喜びを感じられる飛行機。絶景を独占して思うがままに飛ぶ快感は何にも代えがたい。自衛官の採用難でパイロット志願者も減少傾向ですが、一人でも多くの若者にその喜びを感じてほしい」と話していた。

【動画ロングバージョン】「ギュイーン」急加速で一気に空へ! 航空自衛隊「T4練習機」搭乗記

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