『モンタレー・ポップ』(米)【今月の映画】

D・A・ペネベイカー監督

夏フェスの美しい源流 若者が夢見たユートピア

 1967年6月、米サンフランシスコの南にある海辺の街で大規模な野外音楽イベントが開催された。髪に花を飾った若者たちが3日間で20万人以上も集まった「モンタレー・ポップ・フェスティバル」。伝説的なステージが繰り広げられ、ロックフェスの源流と位置づけられるものだ。その模様を収めたドキュメンタリー映画(68年公開)が4Kレストア版で上映される。(時事ドットコム編集部 冨田政裕)

 優れた音楽ドキュメンタリーを数多く残したD・A・ペネベイカー監督の作品。インタビューを極力排し、ステージと周辺の客観的な映像を積み重ねることで、イベントの臨場感と時代の空気を描き出している。

 映画全体を通じ、目を閉じるなどして音楽に聴き入る人々の姿が印象的だ。観客が立ち上がって盛り上げることを前提にした現代の音楽イベントとは違う世界がそこにある。

 まだ20代のポール・サイモンとアート・ガーファンクルが清新なハーモニーを響かせる「59番橋の歌」。ジェファーソン・エアプレインのグレイス・スリックの美しいバラード。ラヴィ・シャンカールが奏でるシタールの神秘的な躍動。音楽が場内に満ちていく荘厳な時間を味わえる。

 ベトナム戦争の激化に伴い、世界中で反戦運動が盛り上がった時代。若者たちは平和と愛の象徴として、花を身に付けた。このフェスティバルを主催したジョン・フィリップス(ママス&パパス)は「サンフランシスコに行くなら、花の髪飾りを忘れないで」の歌詞で始まるテーマ曲「花のサンフランシスコ」を作り、スコット・マッケンジーが歌ってヒットさせた。大きく揺れた時代なのに映像に幸福感が漂うのは、「音楽と愛と花」を旗印に、若者たちがユートピアを夢見た記録となっているからだろう。

 この映画は2018年に米国の国立フィルム保存委員会により、半永久的保存推奨作品として登録された。「文化的、歴史的、芸術的に高い価値を持つ」という理由の通り、奇跡的な顔ぶれによるドラマを目の当たりにできる。その象徴がジャニス・ジョプリンとジミ・ヘンドリックスだ。

 当時24歳で無名だったジョプリンは、「ボール・アンド・チェイン」でとてつもない熱唱を披露する。聴くものをどこかへ連れ去りそうな力で。客席にいたママス&パパスのキャス・エリオットが驚いて口をあんぐりと開けるシーンがあるほどだ。このステージからジョプリンの名は一気に広まった。

 ヘンドリックスは圧倒的な存在感で演奏を展開した後、ギターを燃やすパフォーマンスで畳み掛ける。米国生まれの彼は英国に渡って実績をつくり、逆輸入の形でこのイベントに出演した。当時24歳。まだ米国では知名度の低かった天才が、音楽シーンに歴史的な衝撃を与えたステージは見ごたえがある。

 その後の二人に訪れた悲劇を知る現代人の目には、鮮烈なステージがあまりにも切ない。不世出のギタリストとして人気を集めたヘンドリックスは3年後の70年9月に急死。女性ロックシンガーの先駆者となったジョプリンは翌10月に亡くなった。ともに27歳の若さだった。

 さらにもう一人が、黒人ソウル歌手のオーティス・レディング。熱気と哀愁のある歌唱を披露し、モンタレーの会場を大いに盛り上げた。しかし半年後の12月に自家用飛行機が墜落して死亡する。26歳だった。人種の壁を超えて賞賛された彼の早過ぎる死は、人々に大きな悲しみを与えた。

 1967年はビートルズが「愛こそはすべて」のメッセージを世界中に送り、ロック史に輝く名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表した年。ロックンロールがロックへと進化するなど音楽シーンが発展していく時期に、華々しく登場した悲運の天才たちが集った場所が、モンタレーのステージでもあった。

 旧来の価値観に反旗をひるがえしたヒッピーの文化や、平和への思いが足並みをそろえた67年の夏は「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれた。そのさなかに開催されたモンタレーのフェスティバルによって新たな時代が幕を開け、69年のウッドストック・フェスティバルで頂点に達する。しかし音楽をよりどころに若者たちが夢見た理想は、ほどなく挫折した。モンタレーはその短く美しい季節の貴重な記録といえる。

※3月15日(金)から順次全国で公開

(2024年3月15日掲載)
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