女子テニス世界ランク1位のままコート去るバーティ 地元全豪制した25歳が異例の幕引き

「次の夢」へと競技生活に決別

 テニス界に衝撃が走った。女子の世界ランキング1位、アシュリー・バーティ(25)=オーストラリア=が3月23日に突如、引退を発表した。現役の1位選手が引退するのは極めて異例。しかもバーティは、1月に全豪オープンのシングルスを制して四大大会3勝目を挙げたばかり。全盛期とも言える強さを誇る中での幕引きとなった。2019年から守っている世界1位の座。5歳で始めたテニスで頂点に上り詰めた。にもかかわらず、「次の夢を追う」と、スッパリと決別。奔放な女王だった。(時事通信運動部 木瀬大路)

◇ ◇ ◇

 全豪オープンでは全7試合ともストレート勝ち。突出した強さを見せつけた。世界ランク1位を3年も守り続けたように、年間を通じて安定して実力を発揮したことも持ち味だ。身長は166センチで、180センチ台も多いトップ選手の中では小柄な体格。スピードよりもコントロール重視のストロークを主体としていたが、世界と強豪と渡り合うにはパワーが不足している印象もあった。それを補っていたのが、相手に応じた戦い方をする柔軟な対応力だった。

チェスに例える戦術家

 バーティはテニスの試合をチェスに例える戦術家で、「コートで問題を解く。それが楽しい」。独特の価値観で、強豪に打ち勝つ戦い方を構築。実際、トップ選手を相手にした場合、じわじわと追い詰めるような試合運びが目を引いた。リラックスしたフォームから丁寧に相手の苦手コースにボールを運び、強打に対してはスライスショットで緩急をつけて返す。そうやって、焦る相手を自分のペースに引きずり込む。それが勝利への道筋となっていた。

 決してトリッキーなスタイルではない。弱点を突く。相手のいないオープンコートを見極める。それを実現できるショットの精度―。そういった定石を極限まで磨き、その結果、別次元の強さを備えるに至った。

2014年に一度「引退」

 2014年の全米オープンで1回戦敗退。すると、テニスに嫌気が差して一度は「引退」をした。若い頃からあまりにも多くの時間を競技に費したことや、活躍を期待されることへのプレッシャーが、まだ精神的に未熟だったバーティを苦しめた。

 「10代の普通の女性として、普通の経験」を望んでいると、地元メディアに語ったこともあった。その後は母国オーストラリアでクリケットの選手に。異例の転向でも、当時はツアー未勝利で無名だっただけに、注目されることはなかった。

復帰後に才能が開花

 しかし、テニスへの情熱を思い起こし、16年に復帰。そこから、才能が開花していった。翌17年にマレーシア・オープン決勝で日比野菜緒に勝ってツアー初優勝。19年には、全仏オープンで四大大会初制覇を果たし、ツアー最終戦のWTAファイナルでも優勝した。

 21年には憧れの「聖地」ウィンブルドンで四大大会2度目の優勝。直後の東京五輪ではシングルス初戦で敗退したものの、混合ダブルスでは銅メダルを獲得した。9月の全米オープン3回戦で敗れた後は、WTAファイナルなどを欠場して自身のシーズンを終え、翌年の全豪に向けて休養した。

 3年続けて世界ランク1位で年末を終了。これはクリス・エバート、マルチナ・ナブラチロワ(ともに米国)、シュテフィ・グラフ(ドイツ)、セリーナ・ウィリアムズ(米国)に続く5人目の快挙となった。

今度こそ「やり尽くした」

 迎えた22年。全豪オープンの前哨戦も含め全勝と、勢いは止まらなかった。全豪のシングルスを地元勢が制したのは、1978年大会での女子のクリス・オニール以来、44年ぶりだった。だが、その後は大会に出場することなく電撃的に引退した。今度はたちまち、世界中でニュースに。自身のインスタグラムに投稿した動画では、「前にも同じ事があったけれど、今回は全く違う感情」と説明。満足そうな表情で、「テニスが私に与えてくれた全てに感謝している。やり尽くした。今がラケットを置く時」と語った。

 大坂なおみとの対戦成績は2勝2敗と五分だった。最新の対戦は19年のWTAファイナルで、フルセットの末に強打の大坂が勝った。両者の対戦はいつも、ハイレベルで見応えがあった。大坂は一つ年下の24歳。四大大会の優勝回数はバーティが3、大坂が4。最近は、両者が出場する大会ではともに優勝候補に挙げられていた。

1位で引退は他にも

 過去にもランキング上位に位置する選手が、そのまま引退した例はある。全仏オープン3連覇など四大大会7勝と活躍したジュスティーヌ・エナン(ベルギー)も世界1位のまま引退。エナンは後に復帰しているが、女子テニス協会(WTA)によると、世界1位で引退を表明したのはエナンとバーティだけだ。

 四大大会22勝を誇るグラフやキム・クライシュテルス(ベルギー)らは、世界トップ10に身を置きながら引退した。まだ活躍が見込める選手の引退は、その多くがモチベーションの低下による燃え尽き症候群とされている。

「アスリートではない人生楽しむ」

 バーティの引き際は、極めて異例だろう。年齢的にも実力的にも、テニスのトップ選手として今、充実期を迎えているにもかかわらず。これまでも異色の経歴をたどってきたが、その生きざまは、思うがままに人生を楽しむという信条を貫いているようにも見える。「アスリートではないアシュリー・バーティの人生を楽しむことが大事。今は、そう考えている」

 昨年には趣味のゴルフを通じて知り合ったゴルフ選手のギャリー・キシックとの婚約を発表。スポーツ観戦に読書、釣りと多趣味でもある。テニス界から惜しまれる中、周囲の声を気にせず、さっそうと自分の道を歩んでいく。

(2022年4月7日掲載)

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