弔問外交に不慣れな日本政府、国葬で本当に心配なのはこっちだ【コメントライナー】

2022年09月11日09時00分

静岡県立大学特任教授・小川 和久

 9月27日に行われる安倍晋三元首相の国葬については、ぎりぎりまで賛否の声が飛び交いそうだが、本稿では国葬に賛成する根拠として挙げられている「弔問外交」について、いささかの考えを述べてみたい。

 大人物の葬儀では、「弔問外交」の名の通り、首脳たちが接触するのは常の事だ。故人をしのぶ、故人の思い出を語り合うという名目のもと、その実、国益を懸けた生臭いやり取りが行われたりする。今回も米国のハリス副大統領らが参列する予定となっている。

 しかし、当の日本が弔問外交に不慣れで、その機会を生かせずにきたことは教訓として押さえておく必要があるだろう。

 ◆シラク氏国葬の出席者

 近年では、2019年9月26日に86歳で死去したフランスのシラク元大統領の例がある。

 シラク氏の国葬は同30日、パリの教会で行われ、ロシアのプーチン大統領、米国のクリントン元大統領、イタリアのマッタレッラ大統領、ベルギーのミシェル首相ら約30カ国の首脳を含む約2000人が参列した。

 しかし、日本からは木寺昌人駐仏大使の顔しかなかった。

 シラク氏は引退後を含めて40回以上も来日したほどの親日家。大相撲が大好きで、優勝力士へのフランス共和国大統領杯(シラク杯)を創設し、愛犬に「スモウ」の名をつけていたことも、事細かに報じられた。

 ロシアの言語や文化に精通し、プーチン氏と親交が深く、03年の米国主導のイラク戦争に共に反対したことでも知られる。

 スケジュール的に可能であれば、安倍氏は国葬の場でプーチン氏にシラク氏の思い出などを聞きたいと持ちかけ、食事くらいを共にしてさらに打ち解ける機会を持つことができたかもしれない。

 フットワークが軽快な当時の河野太郎防衛相にゼロ泊3日の弾丸出張をしてもらうとか、小泉純一郎元首相に参列してもらえば、国を挙げての弔意を示したことになったと思う。

 これほどの親日家だったシラク氏の国葬に、日本は国家元首級の人物を送らず、駐仏大使で済ませてしまった。いくら日本が「国際国家」や「世界のリーダーの一員」を標榜(ひょうぼう)しようと、国際感覚が疑われたのは間違いないだろう。

 ◆重ねた失敗

 それ以前も日本は、ロシアのエリツィン元大統領(07年4月25日)、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(05年4月8日)の葬儀の時、弔問外交で失敗している。

 ローマ法王の時は、ブッシュ米大統領、チャールズ英皇太子とブレア英首相、シラク仏大統領、ケーラー独大統領とシュレーダー独首相、カナダのマーティン首相、ロシアのフラトコフ首相が参列し、首脳会談も行われた。

 しかし、日本が派遣したのは川口順子首相補佐官だけ。首相級ではない川口氏は大国の首脳と会談することはできなかった。

 エリツィン氏の時は、「葬儀に間に合うエアラインの便がなかった」というのが理由として説明された。

 日本政府は時間に関係なく長距離を飛べるビジネスジェットを13機(海上保安庁、国土交通省、航空自衛隊)も保有していたのに、活用する発想がなかった。

 これでは、いかに日本が国葬の機会を生かそうとしても、経験不足は覆うべくもない現実だ。各国に弔問外交の場を提供するだけに終わったなどと言われぬよう、気を引き締めて臨んで欲しい。

 (時事通信社「コメントライナー」より)

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 【筆者紹介】

 小川 和久(おがわ・かずひさ) 陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方紙、週刊誌記者を経て、1984年、日本初の軍事アナリストとして独立。内閣官房危機管理研究会主査、消防審議会委員などを歴任し、外交・安保、テロ対策などの分野で政策立案に関与。「フテンマ戦記」「日米同盟のリアリズム」「日本人が知らない集団的自衛権」「中国の戦争力」など著書多数。

 (2022年9月11日掲載)

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