チュニジア革命の「詩」と統治の「散文」
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チュニジアの首都チュニスで、ベンアリー前大統領が出国した後も、同政権出身の閣僚辞任を求めて行われた反政府デモ=2011年1月23日【EPA=時事】

池内恵 Ikeuchi Satoshi
東京大学先端科学技術研究センター准教授

 もしある日、人々が「生きたい」と願ったら

運命は応えてくれるだろう

夜は明け染める

手鎖は切れ落ちる

生命を追い求めない者など、切に望まない者など

煙と消えていく、吹き散らされる

アブー・カースィム・アッシャーッビー

「生への願い」『生命の詩集』より

 チュニジアでベンアリー政権が崩壊した時、多くのアラブ世界の知識人たちがこの詩を連想したという。この詩を書いた夭折の詩人アッシャーッビー(Abu al-Qasim al-Shabbi; 仏語表記はAbou el Kacem Chebbi 1909-1934)は、チュニジアのトズールに生まれ、たった1冊の詩集を残してこの世を去った。死の遥か後の1955年にエジプトで刊行された『生命の詩集』は、アラブ近代のロマン派詩の最大の到達点とされる(M. M. Badawi(ed.),Modern Arabic Literature,Cambridge Universtiry Press,1992,p. 127)。愛と生命をテーマにしたアッシャーッビーの詩は、1950年代、英・仏の植民地主義へ対抗する民族主義が高まった頃、抑圧に立ち向かう人々の心を鼓舞するものとして広まり、初等教育の教科書にも盛り込まれてきた。アッシャーッビーのもう1つの著名な詩「世界の専制君主に」の冒頭は次のようだ。

専制の支配者よ

不正義を愛する者よ、生命の敵よ

お前は寄る辺なき人々のうめきを嘲笑った

お前の手は人々の血で染まった

お前の歩むところ、存在の神秘を歪める

悲しみの棘を播くのだ

 チュニジアの政変は、多くの観察者にとって、そして当事者にとっても、予想外の展開だった。チュニジアの支配体制は、専制的なアラブ諸政権の中でも、特に盤石と思われてきたからだ。沈黙していたチュニジア人が突如立ち上がって政権を倒すという、稀な瞬間に立ち会ったアラブ世界の知識人は、社会科学的な説明よりも前に、まず詩と心理学によって事態を把握しようとしたといえよう。

 ベンアリー政権下で野党は体制に取り込まれて有名無実化するか、弾圧の対象となり姿を消した。イスラーム主義団体は、指導者は捕らえられるか亡命した。新聞・雑誌など既存メディアは極端に統制され、自由に行き来できるにもかかわらず、内外で出回っている情報量は極端に少ない国だった。秘密警察が隅々まで目を光らせ、人々が脅えて口を閉ざすこの国に、変化は起こりそうにもなかった。

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